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ソ連を知るうえで、泣ける曲

古典教養大学 学長の宮下です。

 

今宵は「ソヴィエト連邦」の授業でした。
タイトルはマニアックですが、
教養という意味では絶対に押さえておきたいテーマです。

 

僕は歴史も好きですが、
エンターテインメントはもっと好きです。

文学、映画、そして歌。

歴史は人の動きを俯瞰で見るものですが、
その当時のエンタメには実際にその時代を生きた人々の悲喜こもごもがあります。

 

結局、物質の最小単位が分子であるように、
歴史の最小単位は人間の喜怒哀楽だと思います。

 

本日は、僕が大好きなビリー・ジョエルが、
ソヴィエト連邦をテーマにした歌「レニングラード」をご紹介。

 

ビリー・ジョエルの友人であり、
ソ連でサーカスのピエロをやっているヴィクターという友人と
初めて顔を合わせるというストーリーです。

 

アメリカとソ連が冷戦をしていたころ、
当時の子どもたちがどれだけ殺伐とした生活を送っていたのか、
感じ取ることができます。

また、国同士は争っていても、
そこに住む人間同士は友情を結ぶことができるという
普遍のテーマを良いメロディで歌ってくれます。

 

PVで毎回泣きます(´;ω;`)

※翻訳は適当です。お手柔らかに。

 

 

Viktor was born in the spring of ’44
And never saw his father anymore
A child of sacrifice, a child of war
Another son who never had a father after Leningrad

ヴィクターは1944年の春に生まれた。
生まれたとき、既に父親は死んでいた。
戦時の子どもはいつだって犠牲になる。
レニングラードの戦争後は父なし子ばかり。

Went off to school and learned to serve the state
Followed the rules and drank his vodka straight
The only way to live was drown the hate
A Russian life was very sad
And such was life in Leningrad

学校に通い、国家に使えることを学ぶ。
ルールに従い、ウォッカをストレートで飲む。
生き残るためには憎悪に溺れるしかない。
ロシア人の人生はなんて悲しいんだ。
特にレニングラードに住む人々の人生は。

I was born in ’49
A cold war kid in McCarthy time
Stop ‘em at the 38th Parallel
Blast those yellow reds to hell
And cold war kids were hard to kill
Under their desk in an air raid drill
Haven’t they heard we won the war
What do they keep on for?

アメリカ人の僕は1949年に生まれた。
マッカーシーの赤狩り真っ最中。
38度線で北朝鮮を食い止めて、
兵士たちを地獄送りにしていた時代。
冷戦時代の子どもは簡単には死なない。
避難訓練で机の下に隠れることを知っている。
ロシア人は僕たちが戦争に勝ったことを知っているだろうか?
彼らはなぜ戦い続けるのだろう?

Viktor was sent to some Red Army town
Served out his time, became a circus clown
The greatest happiness he’d ever found
Was making Russian children glad
And children lived in Leningrad

ヴィクターは共産主義の街に送られた。
兵役を終えて、サーカスのピエロに転身した。
彼はそこで最高の幸せを見つけたのだった。
ロシア人の子どもが笑ってくれたのだ。
レニングラードに住む子どもたちが。

But children lived in Levittown
And hid in the shelters underground
Until the Soviets turned their ships around
And tore the Cuban missiles down
And in that bright October sun
We knew our childhood days were done
And I watched my friends go off to war
What do they keep on fighting for?

しかし、ニューヨークに住む子どもたちは
地下壕に身を隠していた。
やがてソヴィエトの戦艦が引き返し、
キューバのミサイルが撤去された。
あのまぶしい10月の太陽のもとで、
僕らは子ども時代を終えたことを知った。
それでも友人たちが戦場に送られていく。
彼らはなぜ戦い続けるのだろう?

And so my child, and I came to this place
To meet him eye to eye and face to face
He made my daughter laugh, then we embraced
We never knew what friends we had
Until we came to Leningrad

そして、僕と小さい娘はこの場所にやってきた。
ピエロのヴィクターと直接、顔を合わせるために。
彼は僕の娘を笑わせて、僕たちは抱き合った。
こんな素敵な友人がロシアにいるとは知らなかった。
レニングラードにやってくるまでは。

 

 

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